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Mastering Equalizer / 232P MKII 製品レビュー

門垣良則 (スタジオ・モーグ)




Mastering Equalizer

Bettermakerの製品は、アナログ回路をデジタルで制御する画期的なアウトボードであると聞いていましたが、それが実際にどのくらいの精度で制御が行えるものなのか、その使用感、利便性などは、なかなかカタログスペックからだけではイメージしにくいものでした。同社の最新モデルである「Mastering Equalizer」は、その製品名の通り、マスタリング用のアナログステレオEQです。タッチパネルとシルバーのノブが印象的な、非常にスタイリッシュなデザインが精密なサウンドを連想させます。





実際に触ってみたところの第一印象は、圧倒的な透明感を持つ、完全に良い意味での脚色のないマスタリングEQです。脚色がなく無味無臭なサウンドイメージと聞くと、プラグインEQのイメージと混同されるかもしれませんが、この「Mastering Equalizer」は、完全にアナログ回路なので、デジタルEQの演算から起きる位相ズレやエイリアスノイズとは無縁です。プラグインEQではなかなか得難いアナログならではのナチュラルな挙動、電気信号の操作による奥行き感などの有機的な変化がありミックスが持つ質感への干渉を最小限に留めながら非常に精密な処理が行えます。

アナログEQの中には通しただけでキャラクタが付くようなものが多々あり、それらのキャラクタを求めてアウトボードEQを使用するシチュエーションもありますが、その際にどのEQを選ぶのかは、扱っている音楽との相性、好みにより左右されます。僕は、アナログ・ハードウェアをマスターに使用する最大のメリットは、電気信号による変化とプラグイン演算との間で起きる相互作用がプラグインの食いつき方に良い変化をもたらすことだと考えているので、非常にナチュラルなキャラクターの「Mastering Equalizer」は、無用な脚色なしにアナログならではの変化をセッションに取り入れる事ができる有効な選択になると感じました。


0.1dB単位でのコントロール

さらに「Mastering Equalizer」には、マスタリング・グレードのアナログ回路を0.1dB単位で調整できるという、今までにない特筆すべき仕様を持っています。多くのマスタリング用のアナログ・ハードウェアは、設定のリコールと完璧な左右のマッチングを得るために、固定抵抗によるステップ式のコントロールを採用しています。しかし、この方式においては、0.1dB単位の調整というものはありえません。

仮に、固定抵抗によるステップ式のコントロールで、「Mastering Equalizer」のような、0.1dBを単位とした10ステップのゲイン操作が行えるマスタリングEQにすると、最大可変幅がわずか1dBしかない仕様になってしまいます。そこに0.1 dB単位のまま5dBの最大可変幅を持たせるロータリースイッチを持たせるとなると、膨大なコストが掛かるだけでなく、スイッチ自体が巨大化し現実的な筐体に収めていくことができません。(なお、僕が使っているマスタリングEQ、AVALON DESIGN AD2077は、0.5db、10ステップ(改造済み)、SIEMENSのEQの方は2dBステップになっています)

余談ですが、マスタリング機材が高価な理由として、固定抵抗の完璧なマッチングと完璧な定数のパーツを選別するには大量のパーツから完璧な数値を実測して選別する必要があり、時にこれは100個程の同ロットの抵抗からワンペアの完璧なパーツしか取れない場合があるほどシビアなものです。「Mastering Equalizer」は、その固定抵抗では不可能だった0.1dBからの細かな設定値でQや周波数を調整できます。その上でステレオリンク、デュアルモノ、MSプロセッシグが扱え、さらにはDAWセッションからのリコールにも対応しています。この仕様は、純粋なアナログマスタリングEQとしても唯一無二の存在です。


2WAYコントロール

Bettermakerの大きな特徴でもあるブラグインによるリモートコントロールはもちろん、本体のノブを触っての操作も何の問題もなくスムーズに行えます。過去に何度もプラグインとハードウェアの連携を売りにしながらも実際にはうまく連携しない製品達を見てきました。今も同様のコンセプトを持つ機器をひとつ現場で使っていますが、本体のノブ位置とソフトウェアの設定が連動ぜすストレスに感じることがあります。Bettermakerは、プラグイン側と本体側のパラメーターが常時リンクして動作します。この安定性と正確な連動は本当に素晴らしく感動しました。

今までデジタル領域でしか行えなかったような、0.1dB単位の細かなイコライジングとトータルリコールがアナログ領域で行えるようになることで、どんなシチュエーションであってもピュアなアナログ領域で最良の結果を残すことができるようになるでしょう。



232P MKII

「232P MKII」は、パルテックEQによく知られるパッシプタイプのEQセクション、2基のパラメトリック・イコライザー、そしてハイパス・フィルターで構成されている、デジタルコントロール、リコールに対応したアナログのステレオ・イコライザーです。これは、先の「Mastering Equalizer」とは異なり、既存のEQ製品と同じように1対1でのノブ操作が行えるため、いままでのEQと同じような感覚で理解しやすい構成になっています。「232P MKII」は、いわゆるヴィンテージ機材に属するパルテックEQのイメージと比較すると正反対のスタイリッシュなデザインで、LEDで表示されるノブのポイントには最初、戸惑いました。しかし、それは一瞬の話で、使い始めるとすぐに慣れ親しんだ操作でサウンドをコントロールできます。





パルテック・スタイルのパッシブEQ

僕が興味を持ったところは、やはり「232P MKII」のパッシブEQセクションが、ディスクリート・パルテックのエミュレーションになっているということです。名レコーディング・エンジニア、クリス・ロード・アルジが、パルテックEQをミックスマスターにインサートしているということで、Morgでもヴィンテージの「Pultec EQP-1A3」を連番ペアで導入しています。「232P MKII」が、パルテックEQ特有のマジカルな低域コントロールをどれほど再現しているのかは大変気になるところでした。

「232P MKII」のパッシブEQは、パルテック・タイプのEQと全く同様の使い方でコントロールすることでき、極めて滑らかなローエンドを持っており、本家のパルテックのTUBEタイプ、ソリッドステートタイプと比較しても癖が少なく扱いやすい印象です。実際にミックスマスターに使用してみたのですが、ローエンドのコントロールでバスドラムとベースが滑らかに溶け合うような感覚が得られ、多くの人がパルテック・タイプのEQに求める特有の低域の質感を作り出すことができました。本家パルテックEQでもステレオで使う場合には、TUBEタイプよりもディスクリートタイプの方が扱い易いと感じていたので、その点においても「232P MKII」は、マスターインサートに向いている仕様に感じられます。実際、ヴィンテージの個体ではシビアな左右の追い込みは難しく、どんなジャンルにでもステレオで使えるというものではありません。「232P MKII」は、完璧な左右のマッチングでパルテックと同様の低音コントロールが行えるだけでなく、その上で2つのパラメトリックEQと強力なハイパスが持っているので、非常にマスターでの使用に特化しています。もちろん、BettermakerのDAWセッションと連動するプラグイン・コントロール、完璧なリコール機能は、「Mastering Equalizer」と同様に快適に行えます。


マスタートラックでの積極的なサウンドメイク

「232P MKII」は、何より差し置いて、“完璧なステレオペアのパルテックEQをマスターセクションに導入する”というある種のエンジニアの憧れを、プラグイン・コントロール、リコールなどの現代ワークフローに対応する最新機能を盛り込み、これ以上にない形で製品化された、まさに今のプロフェッショナル・エンジニアのために作られた製品だと感じます。

パルテックEQ+αとして、デュアルモノ・モードでトラック・インサートに使用することはもちろん、ステレオリンク、 MSモードでミックスマスターの積極的なサウンドメイクにも使っていきたいEQです。正確無比な「Mastering Equalizer」と比較すると、「232P MKII」は、マスタリングだけでなく、ミックス・エンジニアやレコーディング・スタジオにも非常にオススメです。どんなシチュエーションにおいてもオーガニックなサウンドやトラディショナルなサウンドを作る上での強力なツールになるはずです。






REVIEWER

門垣良則: WAVERIDER所属、サウンドエンジニア、プロデューサー。関西にその名を知られるトップクラスの機材密集率を誇るMORG STUDIO主宰。東京都内に自社スタジオ catapult studioを構える。新旧のレコーディング機材の造形が深く、オールド・ニーヴ関連のメンテナンスとオリジナル機器の製作、販売も行っている。

WAVERIDER: waverider.jp
MORG STUDIO: morg.jp