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Bettermaker ユーザーインタビュー

並立するアナログとデジタルの理想郷

マスタリング・エンジニア、粟飯原 友美 (Winns Mastering)


革新的なデジタル・コントロールによるアナログ・マスタリング・アウトボード製品群にて瞬く間に世界的なトップ・デベロッパーに仲間入りしたポーランドのBettermaker(ベターメーカー)。本体のタッチ・スクリーンとロータリー・エンコーダーから操作できる高性能なアナログ・マスタリング・ギアは、専用のリモート・コントロール・プラグインにより、DAWからプラグイン・エフェクトと同様の操作感とトータル・リコールを実現しています。その話題のBettermakerのマスタリング・ラインナップをいち早く全面導入したWinns Masteringのマスタリング・エンジニア、粟飯原 友美氏にその導入経緯と各モデルの魅力を伺いました。






──Bettermaker製品はどのように興味を持たれましたか?

独立してこのスタジオをオープンしたとき、それまで持っていた機材でスタートさせていたのでそろそろ機材を見直したいな、というタイミングでした。持っていたアナログ機材の中には完全なマスタリング専用の機器ではないものもあったので再現性という面で使いづらく、プラグインを多用せざるを得ない状況だったんです。最初、程度のよいヴィンテージ・アウトボードを探していたんですが、その際に見慣れない機材だなとBettermakerの製品に目が止まりました。一見したところデジタルのアウトボードかと思いましたが、デジタル・コントロールが行える新しいコンセプトのアナログのマスタリング機器ということで興味を持ち、試してみたいと思ったんです。

20年以上、マスタリングには必ずアナログのアウトボードを使って来ていて、ここ5、6年くらいの間に少しずつプラグインを増やしていきました。最近のプラグインは性能が良いですし、再現性があるので効率という面で圧倒的なアドバンテージがあります。昨今は、マスタリングに対して、あまり手法にこだわらない人が増えてきていますし、より踏み込んで音作りしたものを求める人も多い。そのような場面でアナログ機器を多用したマスタリングを行なっていると、何か変更がある度にリコール・シートを見ながら、最初の取り込みから始めなければいけなくなりますが、プラグインでは、後から“ここを修正したい”という要望にもすぐに対応することできます。

その一方、サウンドに関しては、やはり”アナログ機器でなければ得られない質感”というものは、かなりの重要度であります。プラグインの中にはアナログ機器をモデリングし、実機に近いサウンドを再現している、というものもあって、これらはすばらしいパフォーマンスを見せてくれますが、実際に本物のアナログ機器と比べてしまうと “やっぱり実機の方が良いよね”という話になることが多く、私自身もその印象を拭えませんでした。このスタジオには、96kHz、192kHzというハイレゾ音源マスタリングの案件も来るため、特にアナログのアウトボードがあってこそ活かせる局面というのは実感としてたくさんあったんです。





──Bettermaker製品のファースト・インプレッションとはどのようなものでしたか?

アナログのアウトボードであるにもかかわらず、瞬時に完璧なリコールができるということがまず圧倒的にすばらしいと思いました。案件の中には、一度マスタリングした曲の別ミックスバージョンをマスタリングしたり、マスタリング済み音源に対し後日、細かい修正をおこなったり、中にはマスタリングを行なった曲の歌い手さん違いバージョンをその1、2ヶ月後に再度マスタリングするというようなこともあります。アナログ・マスタリングしていると、これらのような、“後で少しだけこうしたい”というリクエストが入る度に最初に立ち戻らなければいけなくなりますが、Bettermakerでは、アナログ・マスタリングを行いながらもリコールしてすぐに作業に取り掛かることができます。また、マスタリングが終わった後も、リコール・シートに書き残すことなく瞬時にセーブして次のセッションに取り掛かることができます。以前のようにアナログ機器の調整をその都度リコール・シートに書き残し、その再現を繰り返すことに比べると、Bettermakerの作業効率の良さはとても新しい感覚に感じられました。トータル・リコールできることの効率性や利便性はプラグインで実感できていましたが、これらをアナログ機器で同じくように行えるというのは本当にすばらしいことで、余計なインターバルが入らないことで向き合っている音楽により集中することができます。


──Bettermakerのアナログ機器としての評価はどのように考えていますか?

私の扱うジャンルが様々なので、これまでもPrism Soundや、Focusrite Blueなどのキャラクタが素直でなるべくナチュラルな機器を選んで使ってきました。Bettermakerには、それらのようなクリアさ、ナチュラルさに加えて、アナログならでは温かみがあり、楽曲を自然にコントロールできます。他のアナログ機器にはない機能もたくさん備わっているので、ありそうでなかった最新の音を引き出しやすいところにも魅力を感じています。使い慣れていくことでよりそれを感じていけるようになりましたね。アナログの領域で扱いたい高域の伸びみたいなところも、Bettermakerは完全にカバーしてくれますし、ハイレゾ作品によい質感をきちんと出していけるので手放せない機材になっています。



各製品レビュー


Mastering Equalizer

ハイパス・フィルタ、ローパス・フィルタ、4バンドのパラメトリックEQに加えて、いわゆるパルテック・タイプのパッシブ・EQセクションが複合されています。実際に触ってみるまで気が付かなかったんですが、パッシブ・セクションに28kHzのエアー・バンド、ハイブーストというのがあって、これがもの凄くよい空気感を出してくれます。デジタル領域で上げるのとは異なるアナログならではの温かみのあるニュアンスを持っていて、エアー・バンドという表現もしっくりくるものでした。ハイパス・フィルタは豊かな空気感と共に音がのびていくところが好きで良く使っています。マスタリングでは、各バンドを上げたり下げたりしながら調整しているので、4バンドに加えてパッシブEQやフィルタがついている、という仕様もやりくりしやすいですし、どのEQポイントもちょうど良い。また、ふたつのEQ設定を瞬時に切り替えできるA/Bの切り替え機能や、EQカーブやRTAの表示なんてことがアナログEQで行える日が来るとは思いませんでしたね。





232P MKII

232P MKIIは、最初の印象で“この質感はずるいな”と思いました。(笑)昔のマスタリングは、できる限り元のミックスを触らずという感じでしたが、今は積極的に音を創り込んでいくことの方が多い。私の世代では、それまであまりパルテックEQをマスタリングに使うということがなかったんですが、それが組み込まれてより新しいサウンドを引き出せる仕様になっているというのは、最近のトレンドを入れている印象もありましたし、完全にマスタリング目線の機材だなとも思いました。

私は、Mastering Equalizerを最初の段に置いて、ミックスの気になるところを整えてから、232P MKIIに繋いで必要な調整を施していきます。マスタリングでは、1台のEQでは足りないことがあるので、2台のEQがあると使い勝手がとても良いんです。232P MKIIは、今までのアナログEQのように一対一でノブを触れられるというところも嬉しいですし、普段のマウス操作から離れられるので気分転換にもなります。ノブをゆっくり動かすと0.1dBステップで変わってくれるのですが、0.1dBで細かくコントロール出来るというのは今までのアナログEQにはないものです。可変幅が固定されていると中間を取りたい時に悩むこともあるので、0.1dBステップというのは自由度があってとても良いです。昨今は、一昔前よりもガッツリとブースト/カットすることも多いので、基本的なことをやりつつも新しいサウンドを引き出しやすいという印象があります。232P MKIIは、マスタリングを意識した作りになっているようですが、ミックスでも有用に使っていけると思います。





Mid/Sideプロセッシング

ボーカルの出方を気にするクライアントは多いですが、ステレオミックスのボーカル帯域をブーストすると、周りの音も一緒に上がってしまいます。昔は、無理やりやっていましたけど、M/S処理によって諦めない方向でやれるようになりました。またM/S処理でボーカルを一度落ち着かせてあげるとその後の修正も行いやすいんです。Mastering Equalizer、232P MKIIのどちらもステレオ、デュアル・モノ、M/Sのモード切り替えが行えるので、ここでは、2段構えでフレキシブルに対応できるようにしています。M/Sプロセッシングみたいなものは、それこそヴィンテージ機材では相当良いコンディンションが保たれていないとできないことですし、現行のアナログ・マスタリングEQでもしっかり対応できているものは、他ではなかなか思いつきません。Bettermakerは、そういう意味でも貴重なマスタリング・ソリューションの機器だと思います。



Mastering Limiter

Mastering Limiterの素晴らしいところは掛かり方がとてもナチュラルであること。きつめにかけてみても、歪まずミックスの中に存在している空間を壊さず自然に上げられるところが良いです。そして、これでもかというくらい細かい調整ができる。大きなノブでインプットとアウトプットを調整するので操作性も良いです。Mastering Limiterにも少し勝手の違う、ミックスの左右を広げるかどうかだけというシンプルなM/S機能なのですが、これがこんなに自然に広がりを変えられるものなんだ!と驚くものでした。M/Sは、これまでもプラグインで行うことがありましたけど、うまく扱わないとミックスの世界感を壊してしまいます。Mastering LimiterのM/S機能は、ものすごく自然に広がってくれるのでミックスの世界感を壊さず調整できるんです。こんなに自然な広がりはプラグインでは聴いたことがないですし、本当に凄いです。

Mastering Limiterには、いわゆるアナログ・リミッターの機能と合わせて、アタック成分をクリップさせ、その歪みの偶数、奇数の倍音成分を足していく”Color”機能があります。この質感はかなり好きですね。奇数は高い帯域、偶数は低い帯域に良い印象があって、温かみを持ちつつ、甘い感じからアグレッシブな感じにまで上げられて、EQとは違う色付けをしてくれます。ロックなどのガツンとした低音などにもよい質感を出していける。やりすぎるとギラギラしてしてくるので、マスタリングの最後の味付け程度に使うというのがポイントです。Mastering Limiterは、リミッターとしてだけでなく、それ以上に音圧、音色に手を加えられるところが面白いですし、とても実践的な機器です。

また、Mastering Limiterの充実したメーター機能は、普通、アナログのステレオ・リミッターには搭載されていないもので、ソースの入出力レベルや、ゲイン・リダクション以外にも、位相、VU、ラウドネスレベルなどを切り替えて見ることができます。私は、Mastering Limiterをアナログ・チェーンの最終段に入れているので、アナログ領域での信号がどのような状態にあるのかを把握できて、DAWに入った後にプラグイン処理が必要な場合でもこの後どうできるかを考えていけるので便利です。アナログ領域で処理した結果を様々な角度から数値で確認できるというのは良いですし、この視認性が良さは画期的です。





──プラグインと本体の操作はどちらが多いですか?

半々ですね。リミッターはプラグインを画面に出しておくことが多いですが、Mastering Equalizerと232P MKIIのふたつは、ついつまみを触りたくなってしまいます。Bettermakerは、アナログ機器としては、ありえないほどの機能を持っているので、デモした際もいろいろ探っていくのが楽しかった。今までこんなものはなかったよね!という次世代感とマスタリング機器としての合理的な構成に非常に良い印象を持ちましたし、自分がマスタリングで仕上げたい、対応していきたいという感覚に近いポリシーをBettermakerから感じました。マスタリングの作業効率と品質を圧倒的に向上させていけるとすぐに想像できたんです。Bettermakerは総合的に、シンプルな機能に加えて様々な積極的なアプローチも追求出来る、今までのアナログアウトボードの概念を画期的に変えてくれる素晴らしいツールです。



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