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Nadineレビュー by 藤野”デジ”俊雄(Gentle Forest Jazz Band)





コントラバスのピックアップは、魔窟だ。60年代に楽器用ピエゾピックアップが開発され、現在に至るまで約半世紀。多くのメーカーが研究に研究を重ね、それでも未だ、誰もが満足できる製品がないというのが現状。それぞれのブランド・モデルに音の個性があり、プレイヤーの求める音色や使い勝手によってかなり好みが分かれる。中には複数のピックアップで音を拾い、ミキサーなどでブレンドして出力しているツワモノまで居る。初めてNADINE(ネイディーン)マイクの詳細を見たとき「全世界のベーシストがこれを待っていた!!」と、震えた。そして、その期待は見事に叶えられた・・・。



ピエゾピックアップとコンデンサーマイク

製品レビューを行う前提として、現在ほとんどのコントラバスプレイヤーが使用している「ピエゾピックアップ」について簡単に説明しておこう。ピエゾピックアップとは、物理的な圧力を電圧に変換する素子を楽器に接触させ、楽器の振動を電気信号に変換させるピックアップのことをいう。ここで問題になるのは「楽器の振動≠空気の振動(音)」ということ。楽器の振動を直接電気信号に変換するという性質上、共鳴箱が空気を揺らすことで出る音色をピエゾピックアップは拾うことができない。少々乱暴な言い方をしてしまうと、コントラバスの共鳴箱があろうがなかろうが、ピエゾピックアップが拾う振動にほとんど違いはないのだ。

このネイディーンは、上記のピックアップとは全く異なりコンデンサーマイクとなっている。レコーディングで歌録やドラムの録音に使用されるタイプのマイクだ。ピエゾピックアップとの大きな違いは、楽器の振動ではなく楽器が発する「音」を直接拾うことにある。共鳴箱から前面に飛んでくる音を拾うので、生音に限りなく近い音となる。コンデンサーマイクはコンデンサーに電気を貯める必要があるので、ファンタム電源が必要になる。出力ケーブルはキャノンとなっており、ベースアンプに繋ぐためにはプリアンプなど48Vファンタム電源を供給できるデバイスが必要になる。





比較テスト

今回は、筆者が普段使っているシャートラーのSTAT-B、もうひとつは楽器用マイクの定番であるSHUREのSM57を楽器の前に立てて比較を行った。実はSTAT-Bもピエゾではなくコンデンサーマイクなのだが、駒に挟むという構造上周囲の音を拾うことができず、駒に伝わる振動を直接拾っているようで、出音はピエゾピックアップと性質が近い。ダイヤフラムのサイズが異なるというところも音質に影響を与えているかもしれない。SM57はだいぶ生音に近いが、高音域がやや落ちる傾向にあるようで、コントラバス特有のガサっとした木の音が薄れてしまう。やや音が遠くにいるように感じるのもこのためかもしれない。また、SM57は、少しでも離れるとベースの音量が大幅に下がってしまうのでそもそもライブ向きではない。

NADINEは、弦が木の共鳴箱を振動させることで発生する深みのある低音から指が弦の上を滑るノイズまで、綺麗に拾う。特にアルコの音色は歴然。通常のピックアップではアルコの音はコモるかギンギンになってしまうかのどちらかで(どちらにせよノイジーな音なのだが)ライブで弓に持ち替えた途端妙な空気になることがしばしば起こる。筆者もアルコの音をキレイにPAに送るため色々足掻いたこともあったが、ここまで生音に近い音をPAで増幅できれば、その心配は一生しなくて良いだろう。ジャズやポップスに限らず、クラシックのプレイヤーにも是非勧めてみたい。もっとも、アルコの音色云々を語るだけの技量が筆者にあるかは甚だ疑問だが……。





そういえば、NADINEの使用中、ちょっと不思議な体験をした。通常、ピックアップから音を拾ってアンプから出す場合、アンプがどれくらいの音量で鳴っているか、アンプと生音がどれくらいの割合で自分に聞こえているのか、ある程度把握できる。しかし、とあるライヴでこのNADINEを使用してアンプから音を出したとき、出てくる音があまりに自然だったので、アンプから音が出ていると認識できなかった。「アレ? 俺、生音デカくなったのかな?」と錯覚してしまったのだ。結果、そのライヴは非常に気持ちよく演奏することができた。自分の音が大きく聞こえるというのは、単純だがとても爽快だ。楽器のウデが上がった気さえする。ピックアップから拾われた音だとやはり不自然さを感じ、モニターの音量を上げてもストレスになってしまうものだ。

PAやアンプに繋ぐ場合、イコライザーなどは基本的にフラットで問題ないようだ。個性的なアンプを使ったりすると変わってくるのかもしれないが、特にイコライザー類をいじらずともコントラバスらしい太く優しい音が得られると感じた。はっきり言って、音色という点のみを見れば、ほかのピックアップを市場から駆逐するだけの性能を、このNADINEは持っていると感じている。


弱点とその克服

「音色という点のみ」に限定したのには訳がある。NADINEがほかのピックアップを駆逐することができない理由が、周囲の音の被りである。これがほぼ唯一にして最大の弱点と言えるだろう。コントラバス前面の音を拾うため、当然ながら周りの音も拾ってしまう。特にドラムが近くにいるとかなり音が被る。トリオなどの小編成でドラムが生音をコントロールできる場合には問題にならないが、ビッグバンドで使用するには少々コツが必要なようだ。狭いステージでドラムから離れることができない場合や、ロカビリーや大音量のポップスなど、ステージ上で音が飽和するような環境にも向かないだろう。



ただし、上記の弱点は通常のピックアップを併用することである程度克服することができる。NADINEで生音の質感を出しつつ、ピックアップで必要な低音の出力を確保することができるので、かなり実用性が高く感じた。筆者の在籍するビッグバンドのライブではその方法でかなり良い感じの音色を作ることができた。出音のバランスは会場のサイズやドラムとの距離などによって異なるので、ラインの回線に余裕があるのであればピックアップとNADINEの2回線を用意してもらってエンジニアにゆだねてしまうのが良いだろう。NADINEの音は全体的に(ドラムの粒立ちも含めて)クリアなので、NADINEがドラムのオフマイクを兼ねるような形でうまくPAエンジニアが音作りをしてくれると、外音が綺麗にまとまるようだ。


まとめ

何度でも言うが、音色に関しては現在市場にあるコントラバス用ピックアップの中で、群を抜く性能を持っており、画期的だ。コントラバス用ピックアップは、高級なものでも5万円程度がほとんどなので購入するのには勇気が必要な金額だが、ノイマンなどのスタジオコンデンサーマイクに比べるとだいぶ割安であるし、ノイマンを無理やり駒などに挟んで使用するよりも音かぶりやノイズが少なく、扱いやすい。音色にこだわるのであれば間違いなく購入すべきブツだ。今回のインプレッションではレコーディングに使用できなかったが、間違いなくその性能を発揮できるはずである。コントラバスプレーヤーは、一度試してみる価値がある製品であることに間違いはないだろう。



REVIEWER

藤野“デジ”俊雄
ベーシスト、フリーライター、雑誌編集者。スウィングジャズを現代に蘇らせるビッグバンドGentle Forest Jazz Bandに所属。力強いプレイスタイルが特徴で、生音での音量コントロールに定評がある。各種サポートやレコーディングでの演奏、楽曲提供なども行っている。フリーライター、編集者としては自転車への造詣の深さを活かし、自転車メンテナンスの本やカタログなどの制作を行う。

Gentle Forest Jazz Band:http://gfjb.jp/