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OLLO Audio S5X ユーザー・インタビュー Vol.03

サウンド・エンジニア 奥田泰次


ステレオ用モニター・ヘッドフォンでありながら、DSP補正なしにイマーシブ/バイノーラルの空間再現にまで対応できる驚異的なフラット・レスポンスを実現している最先端のモニター・ソリューション「S5X」を主要ミキシング・ツールのひとつとして愛用しているサウンド・エンジニア、奥田泰次氏に、その製品インプレッションとミキシングにおけるモニターの考え方、音楽の向き合い方について伺いました。



──こちらのスタジオについて教えてください。

現在のスタジオの前、同ビルの別フロアにある録音ブースを完備したスタジオをベースにしていて、そこから必要に駆られてよりコストバランスを考慮したミックス専用のスタジオを作ろうと2013年に出来上がったのがこの「MSR+」です。最初にミックス・ルームを作ろうと思い始めたのは2007年頃で、DAWの発展と共にミックス、マスタリングのプライベート・スタジオが増えていった時期です。その当時は、所属していたスタジオ・フォームの「Solid State Logic」のコンソールがある商用スタジオでミックスしていました。12時にマルチデータが入稿されて、20時にミックス・チェックをし、その日のうちにミックスを終える。毎度、午前中にセッティングをして、その後のバラシにも時間が掛かるという感じで、それをこなしていく日々でしたけど、その内ミックスにおける時間の流れが大きく変わり、さまざまな曲を同時進行で進めるようになっていくことが予測できました。フリーランスになるタイミングで、音楽リスニングと同一線上でミックスができる自分専用のプライベート・スタジオの環境を整えたいと思うようになりました。

商用スタジオの環境というのは、ラージ・スピーカー、ニア・フィールド、ラジカセが音響設計された部屋に完備されていて、プライベート・スタジオでラージ・スピーカーをまでを含めた同等のモニター環境を確保することは決して簡単なことではありません。フリーランスになった当初は、それまでと同じくラージ・スピーカーまで揃った商用スタジオを拠点にミックスしていました。その後にこの部屋を作ったものの、このサイズのスタジオにはコンソールもラージ・スピーカーも置くスペースがないので、商用スタジオでやっていた自分のスタイルから一旦離れて改めようと「これからの自分に必要な機材は何だろう」と考えるようになりました。それまで使ったことのない機材をいろいろ揃え、モニター・スピーカーもすべて変えました。それらを磨いていくことで他の人と違うサウンドが作れるのではないかという思いもあって、しばらくは他の人と被らない機材を使うことを意識して試行錯誤を続けました。

メイン・モニターに関しても「YAMAHA NS-10M STUDIO」から、「TANNOY」のアクティヴ・スピーカー「Ellipse 8 iDP」にして、それから「ProAc Studio 100」、「Barefoot Micro Main 27」、「PMC IB1S」、「ATC SCM100 Pro」と定期的に入れ変わりました。一時はスピーカーのサイズも大きくなっていきましたが、大きなスピーカーは余裕があって音数が少ないハマる音楽にはよいものの、音数の多いJ-POP的な歌ものでは面が大きすぎると感じることもあり、現在は「ATC」のニア・フィールド・スピーカー、「SCM45」に落ち着いています。「YAMAHA NS-10M STUDIO」や「ProAc Studio 100」でミックスをしていた頃の「スピーカーをうまく鳴らす」という感覚がまだあるので、親近感のある横置き型でウーファー口径がそれほど大きくない「SCM45」は自分好みの鳴り方をしてくれました。サイズ的にもこの部屋でこれより大きいスピーカーを置くのは難しいですし、「ATC」の音の立ち上がりや音色が好きなので「SCM45」は今のところこのスタジオ、自分にとってのベストなモニター・スピーカーだと感じています。





──ヘッドフォンはミキシングおいてどのように使われていますか?

昔から愛用しているのが「Sennheiser HD600」 と「Koss Porta Pro」です。これはミックスの際の歌の大きさの確認、ノイズ・チェックや歌の痛いところ、バランスを聴くために使っていました。サブスク時代になってから、ヘッドフォン/イヤホン文化がエンド・ユーザーにも浸透し、民生用ヘッドフォン/イヤホンの低音の表現の変化や、ステレオ音素材の増加などによるアレンジの変化によって低音の置き所が変わってきていると感じるようになりました。様々なヘッドフォンをチェックする中で「OLLO Audio S4X」を試す機会があり、ヘッドフォンでは感じたことのない低音の解像度と厚すぎない滑らかなサウンドを聴くことができて愛用するようになりました。スピーカーとのつながりの良さはそれまで感じたことがないもので、「S4X」以降、ミキシングにおけるヘッドフォンの重要性が高まったと思います。


──「OLLO Audio S5X」は、どのような印象でしたか?

「S5X」は、「S4X」ともまた違ったニュアンスのモデルで、低音の解像度をそのままに、どちらかというと中域の印象に違いがあります。パンニングやトランジェントのあたりがより滑らかに聴こえて「S5X」の方が自然な帯域バランスを持っている印象があります。自分にとっては聴きやすく、スピーカーとのつながりもより良くなっていると感じます。それまでのミックスにおけるヘッドフォンの役割は、いわゆるノイズ・チェックなどの特定の要素を確認するためのツールでしたが、「S5X」はラージ・スピーカーの代わりじゃないですけど、調整されたスタジオのラージ・スピーカーのサウンド・イメージに近く、そこで調整できる低音のコントロールができるヘッドフォンだと思います。





──スピーカーとヘッドフォン、それぞれの役割はどのように考えていますか?

「S5X」と並んで一軍で使っているもうひとつのヘッドフォンに「AUDEZE MM-500」があります。以前は、メインスピーカーの他にサブモニターとして「AURATONE」、「MUSIK ELECTRONIC GEITHAIN」、「AMPHION」などの小型スピーカーを置いて2組のスピーカーを切り替えられるようにしていました。スピーカーの切り替えはミックスを俯瞰できて便利ですがメインスピーカーの内側にもう1組を置くとメインの音が滲んでしまうので置かなくなりました。「AUDEZE MM-500」は、メインスピーカーに最も近いバランスがありながら細かい音まで聴けるので、それまで使っていたサブモニターの代わりとして役立っています。

メインスピーカーの方は自分が聴くだけでなく、クライアントやミュージシャンと音を共有するためのものでもあります。一方、ヘッドフォンは基本的に個人のものですから、低音、バランス、ノイズ確認など、用途に応じて増やしたり使い分けたりできます。長時間スピーカーで作業していると没入しすぎてしまうため、ミックスを俯瞰するためにも自分が求める音が聞けるヘッドフォンは重要な役割があります。「ATC SCM45」でのミックスを基本としながら、最終的な詰めにヘッドフォンを併用するというルーティンができていて、正確な低音とトランジェントが聴ける「OLLO Audio S5X」と、ミックスバランスをチェックできる「AUDEZE MM-500」を使い分けています。現在は、この2つのヘッドフォンで十分ですね。





──これまでの変遷の中で“モニターの選択基準とは”どのようなものに感じていますか?

モニタースピーカー/ヘッドフォンは、色づけのなさを謳っていても実際にはメーカーや機種によって出音が全く違います。その個性によって仕上がるミックスのニュアンスは変わってきますから、携わっている音楽の時代性や方向性によって適切なものがあると思います。アコースティック、バンド、オーケストラ編成から打ち込みものまで仕事をしているため、それぞれの音楽が持つ個性を捉えられるモニターを求めつつも、今ここに生きている証というか、2020年代に現役を担えているサウンド・エンジニアという意識があるので、古くからの定番的なものだけでなく最新の機材を使って作品を残して行きたいという思いがあります。





──2020年代とする時代性とはどのような概念ですか?

サウンド・エンジニアの仕事を始める前の音楽的バックグラウンドは、幼少の頃ピアノを習っていましたが、バンド経験などはなく、10代にヒップホップやクラブ・ミュージックに傾倒して、その関連として古いジャズやソウルなどを遡って聴くことでした。気になる曲を見つけると、いつリリースされたかを調べてその時代背景と録音機材の変遷から「だからこういう雰囲気、こういう質感のサウンドなのか」と、プロダクションを想像しながら音楽を理解する力を養ってきました。60年代、70年代の音など、10年を一区切りで考えると、自分を形成したであろう90年代前半は、DJカルチャーが台頭し、サンプリング技術が進化してきた時代で、ドラムやベースが大きく、重心の低い低音、ループ感、多様化するビートパターンに特徴があり、今に至る自分のサウンドデザインにも大きく影響しています。最新テクノロジーの視点からみて、何か面白いことできないか、と常に考えますし、空間や土地などの“場所の影響によるサウンドの変化”も興味深い要素だと思っています。古いことでも知らなければ自分にとっては新しいことですから、終わりがないですね。





──サウンド・エンジニアリングと機材の関係性はどのように感じていますか?

機材は道具のひとつにすぎないのでコントロールする人次第ですけど「機材から音が生まれる」感覚があります。音のテクスチャーは機材によって形成されるもので、そこから得られるインスピレーションはサウンド・エンジニアリングにはとても大切です。その関係性の在り方は様々で、中にはひとつの機材をミニマルな思考で長く使い続ける人もいて、長く続けることでその意味が出てくるみたいなことが音の世界にもあったりします。これまで日雇い労働者のように日毎にさまざまな特性のもつプロジェクトに携わり、それこそ30代前半くらいまではそれらを器用に描き分けてきたつもりでしたが、それもまた結局は自分の範疇というか資質の中でのことで、そこが自分の感性の深いところだとようやく知ることができた気がしています。世代的にも自分の看板のもとで仕事をしている実感があるので、これから音とどのように向き合っていくのか、自分がどうありたいのかのスタンスをまとめていく時期なのかなと感じています。




奥田泰次 - SOUND ENGINEER

studio MSR主催。音楽、映画音楽、サウンドインスタレーションなど「音」「音響」にまつわる多岐に渡る事に携わっている。七尾旅人、Tempalay、MonoNoAware、中村佳穂、SOIL&"PIMP" SESSIONS、cero、原田郁子、ハナレグミ、AJICO、Jazzy SportなどのMIX。劇伴としてはヴァイオレット・エヴァーガーデンなどの映像作品。直近では長野県立美術館にて細井美裕+比嘉了の映像音響作品「配置訓練」音響を担当。