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OLLO Audio S5X ユーザー・インタビュー Vol.04

レコーディング・エンジニア 古賀健一(シロマニア・スタジオ)


先進のアイディアを取り入れ、かつてない柔軟なワークフローを実現する話題のイマーシブ・オーディオ・スタジオ、「Xylomania Studio(シロマニア・スタジオ)」「スタジオ2」に、「OLLO Audio」のイマーシブ・オーディオ対応ヘッドフォン「S5X」が常設バイノーラル・モニターに採用されています。音楽と映画を繋げる新しいコンセプトで成り立つ「スタジオ2」とはどのようなスタジオなのか、また「S5X」がそこに選ばれる理由を同スタジオのオーナーであり、国内イマーシブ・オーディオの第一人者でもあるレコーディング・エンジニア、古賀健一氏にお話を伺いました。



──新しい「スタジオ2」について教えていただけますか?

3年前、日本で初めてイマーシブ・オーディオ対応の音楽スタジオ「スタジオ1」を作りました。その後から、アップルの空間オーディオが始まり、ドルビー・アトモスの映画館が増え、ソニーの360リアリティ・オーディオが始まりました。この流れから日本のイマーシブ・オーディオ・コンテンツを増やしたい、もっと多くの人にその魅力を届けたい、広げたい、という思いから、新しく増築したのがこの「スタジオ2」です。最初の「スタジオ1」は、まだプライベート・スタジオの性格が強く、親しい友人、知人のエンジニアのみにレンタルしていましたが、新しい「スタジオ2」は、「スタジオ1」でのノウハウを総括しつつ、音楽だけでなく、映画やポストプロダクション、さらにはイマーシブ・オーディオを主体にゼロからの作曲にも対応できる、それらを受け入れることができる汎用性の高いレンタル・スタジオとして幅広く利用できるように設計しています。

「スタジオ1」を作っていた当時の「スタジオ2」の構想は、「スタジオ1」をコントロール・ルームとしてドラム、弦楽カルテットまでを録音できる完全なレコーディング・ブースで、そこにアトモスのプリミックスが作れる程度の設備を揃えるというものでした。しかし、「スタジオ1」以降、5.1サラウンドやドルビー・アトモスを使った映画の主題歌など、映画関連の案件が増えてきたこともあり、より映画館に近いスタジオに作ることを思いつきました。「スタジオ1」は、「PMC」のアクティブ・スピーカー「Twotwoシリーズ」で組んでいますが、映画館はパッシブ・スピーカーで組まれていることが多いため、新しい「スタジオ2」ではそれに合わせて、「PMC」のパッシブ・スピーカー「Ciシリーズ」と「PMC」推奨のDANTE入力対応パワーアンプ「Liner Research / 88C」で組んでいます。「Ciシリーズ」は本体に奥行きがないことから空間オーディオのリスニング・ポイントからの距離とレコーディング・ブースの広さを両立できるメリットがありました。しばらくスタジオ・モニターにアクティブ・スピーカーを使っていたので、久しぶりにパッシブ・スピーカーを聴き直すと、その音楽的な響きの素晴らしさを思い出しました。2023年のINTER BEEに来日していた「PMC」のチームと思い描いていた「スタジオ2」構想のイメージを交わすと、「PMC」からもサポートするので最新機種を入れた良いスタジオにしようと構想が広がって、「9.1.6」(横:9基、低音:1基、天井:6基のフォーマット)から、最終的に映画のダビング・ステージを意識した「11.2.6」仕様のスタジオになりました。




PMC Ci Series



──「9.1.6」から「11.2.6」にすることにはどのような意味がありましたか?

「スタジオ1」で初めて「9.1.4」のスタジオを作ってから、「9.1.4」ドルビー・アトモス対応のスタジオも増えてきました。その後、各DAWのイマーシブ・オーディオ対応も進み、「Pro Tools」「Nuendo/Cubase」「Studio One」では「9.1.6」のバスが標準化しています。その一方、映画館や東映などのダビング・ステージで使われている再生方式はアレイ再生と呼ばれるもので、僕らがやっている音楽のイマーシブ・オーディオとはまったく違います。そもそも映画ではスピーカーの使い方が違うので、イマーシブ・オーディオのミックスを映画のダビングステージに持っていくと、鳴り方がかなり違い、そのダビングステージの鳴り方は次期標準の「9.1.6」でも再現できません。映画館で同じ音を聴かせるという課題は「スタジオ1」ができる以前、サラウンドミックスでもありましたが、その後の「スタジオ1」でも限界を感じていて、“ここまでミックスを詰めればダビングステージでどう聴こえるか”、“そこから修正するとどう聴こえるか”など、想像しながらミックスすること自体が無駄ということを身に染みてわかるようになりました。そこで新しい「スタジオ2」では、イマーシブ・オーディオの円形の「9.1.6」から、長方形の「11.2.6」に変更することで映画のダビングステージそのものを再現することにしました。特にセンター・スピーカーの鳴り方はイマーシブ・オーディオとまったく異なるところで、円形の場合、センター・スピーカーがもっと奥にありますが、映画館の鳴り方を再現する「スタジオ2」では前方のL.C.R.スピーカーが軸上に並びます。また両サイドには“面で鳴る”3基のスピーカーがあり、映画館にあるような「5.1 デフューズ・サラウンド」を実現しています。これは実際のミックスで試しても再現度が高く非常に楽になったポイントです。そして、スペース確保を兼ねるジャージクロスに隠して壁に埋め込まれたスピーカーもまた映画館のシミュレーションに一役買っています。とにかく映画と音楽は違うので、空間オーディオを行う際のシングル・ポイント、映画を想定したマルチ・ポイント、8K/120インチ・サウンドスクリーンの有無など、それぞれの用途に応じたミックス・チェックが行える各リスニング・モードを「Trinnov」で設定し、様々なプロジェクトに合わせて切り替えられるようにして完成にたどり着きました。




スクリーン有りの状態のスタジオ2



──「スタジオ1」に「スタジオ2」が併設されたことでどのようなことが行えますか?

「スタジオ1」と「スタジオ2」は、Pro Toolsのサテライト・リンクで一体化することができるので、例えば映画制作では、効果音のエンジニアと音楽のエンジニアが一緒に作業することができます。ダビングステージでは、どうしてもスピーカーの取り合いになってしまいますが、ここでは各エンジニアが自分のスピーカーを持てるので、ダビングステージに入る前の作業を効率よく詰めることできます。特に映画の仕上げにおける音楽のプライオリティは一概にも高くないので、音楽に割く時間を確保するのが難しい現状を少しでも解決できると嬉しいと思っています。また、イマーシブ・オーディオ制作では、両方のスタジオの音声がつながっているので、性格の異なる2つの部屋でミックスをダブルチェックができることは最大のメリットだと思います。複数のドルビー・アトモス・ルームがあるスタジオは中々ありませんし、ましてダビングステージのために設計された音楽スタジオというコンセプトもこれまでにないものだと思います。ありがたいことに完成したばかりの「スタジオ2」の柿落としには、レコーディング・エンジニアのZAKさんが、坂本龍一さんのドルビーアトモスの映画「OPUS」、そして空間オーディオ作品「ASYNC」と、それぞれ異なるフォーマットのイマーシブ・オーディオ作品に利用していただきました。





──レコーディング・ブースとしての「スタジオ2」の特徴をきかせてください。

「スタジオ2」は、当初のコンセプト通り、「スタジオ1」をコントロール・ルームとした完全なレコーディング・ブースとして使うこともできます。けれども、歌やドラムのブースとしては、モニター環境に最適化された「スタジオ2」は、響きがデッド過ぎて演奏するにはつまらない。そこで「スタジオ2」では、波面合成再生を実現する「Flux」の「Spat Revolution WFS Option」による空間シミュレーションを「11.2.6.4(最後の4は、360用のボトムスピーカー)」にリアルタイム生成し、部屋の残響空間を自由に構築できるようにしています。つまり「スタジオ2」の「11.2.6.4」イマーシブ・オーディオ・モニター環境がそのまま「11.2.6.4」による空間生成機能を持つレコーデング環境になります。これには、レコーディング・マイクとは別にブース内に4本程度のマイクを設置して、「Spat Revolution WFS Option」専用に組んだマシンをリバーブ・ユニットとして別稼働し、そのWET音のみを「11.2.6.4」のスピーカーに返すことで実現しています。この専用リバーブ・ユニットは96kHzで動作させるとほぼ遅延なく、スピーカーから10m、20m離れた先の大きな空間をブース内に生成できるので、これを鳴らしながらレコーディングすることでこの部屋のサイズ以外の反響を自然に録音することができます。コンサートホールをリアルに再現してもよいし、ゲームや映画の洞窟のシーンなどをクリエイティヴにイメージすることもできます。
これまでレベル、ディレイ、EQ、リバーブ等で作っていた奥行きの表現を自動で簡単に行えるWFSの技術には元々興味を持っていて、これをイマーシブ・オーディオのミキシング・ツールとして取り入れたいと考えていたところ、「d&b audiotechnik」のライブ・コンサート用のイマーシブ・サウンド・システム「d&b Soundscape」からヒントを得てこれをレコーディングにも取り入れようと思い立ちました。イマーシブ・オーディオでのパンニングがスピーカーの内側に定位させるイメージだとすると、「Spat」ではスピーカーの外側により大きな仮想空間を作り、そこに音を定位させていくことができます。これをイマーシブ・ミックスのリバーブ・ユニットに使いつつ、またレコーディング時には仮想空間生成エンジンとして活用できるようにしています。




ふたつのスタジオ間を連携、または独立して使えるHear Back OCTOモニター・システム



──これらのスタジオの実際の使われ方はどのような流れになりますか?

イマーシブ・オーディオ制作は用途よってフォーマットを使い分けるので、まずクライアントに聴かれる場所と用途を聞いて、適したフォーマットを想定しながら始めます。ホームシアターやサウンドバーなどでの視聴が目的であれば「9.1.6」、「7.1.4」、または「5.1.2」を選択します。家庭で視聴されるNetflixなども「7.1.4」が最低限の制作推奨フォーマットですが、主要DAWが「9.1.6」に対応し、AVアンプにも「9.1.6」対応の製品が出てきているので、今後は「9.1.6」が主流になるでしょう。映画館で流す予定があるものは、それと全く異なるので「11.2.6」で“映画向け”のミックスを作ります。ヘッドフォンでバイノーラルを聴く場合には、例えば、アップルの空間オーディオでは「7.1.4」にたたみ込まれた後にバイノーラル化されるので、当面は「7.1.4」を意識してミックスすることになります。オブジェクトを360度自由に組むことができる全球体フォーマットのソニー360リアリテイー・オーディオについては、「スタジオ2」では、下段の前方にスピーカー「2つ」、後方にも「2つ」設置しているのでこれらを使った「9.0.6.4」(アトモスの「9.0.6」の中に、8ch CUBEの「0.0.4.4」の立体音響フォーマットを入れるイメージ)でこれに対応できるようにしています。
僕自身が使う場合には、「スタジオ1」で2chステレオをミックスし、映画の主題歌などには、「スタジオ2」の5.1デフューズ・サラウンドでミックスします。そういうときもドルビー・アトモスのダウン・ミックス使ってミックスするので、このミックスを終えると自動的にドルビー・アトモスのミックスが7割できている状態になりますから、それを持って「スタジオ1」に戻り、バイノーラルを想定した円形で再調整するという流れになります。





──常設しているOLLO Audio S5Xヘッドフォンについてきかせてください。

バイノーラル再生のチェックとして、イマーシブ・ミックスの最後の低音感と広がり感の調整に使っています。アップルの空間オーディオに限ってはバイノーラル・チェック用に「AirPods MAX」を使っていますが、それだけではお客さん向けに不十分なので、ドルビー・アトモス・レンダラーのバイノーラル・チェック用としても「S5X」を併せて常設しています。「S5X」は、今まで作られてきたヘッドフォンとは全く違うモニター・ツールに感じていて、何かうまく説明ができないですが、空間オーディオの低音感や定位感も正確に再現してくれます。これまでステレオ・ミックスに使ってきたヘッドフォンは、正確さを保ちながらもどこか自分のテンションが上がる、音楽が少し良く聞こえるようなものを選んできました。しかし、イマーシブ・オーディオのバイノーラル・チェックにおいては、それらの好んで使っていたヘッドフォン達ではなぜか行えず、“空間が違う”と感じます。この感覚はシビアで、いくつかある空間オーディオ特化型としているヘッドフォンを試してみても僕には空間が再現できているとは思えませんでした。イマーシブ・ミックスを行うようになってから、次第に個性のない、ある種つまらないモニターサウンドを目指すようになり、ヘッドフォン・アンプにしてもTHDやクロストークがすごく気になり始めました。ようやく「Neumann MT48」と「OLLO Audio S5X」の組み合わせで正しくバイノーラル再現ができるようになったと感じています。





──作曲にも使えるスタジオというコンセプトについてきかせてください。

「シロマニア・スタジオ」の「スタジオ1」は、もともとイマーシブ・オーディオ制作の敷居を低くするために作られたスタジオで、この「スタジオ2」にしても、すべての音楽、ポスト・プロダクション、映画のサウンド・エンジニアの垣根を取り払い、お互いの仕事を侵食することなくコニュニケーションがとれる新しいサウンドのハブのような場所を作りたかったという思いがあります。そして“インディーズ・アーティストの応援”も当初からのコンセプトのひとつです。こだわったところとしては、作曲家が持ち込みのノートパソコンとサウンド・ライブラリを持ち込めば、使用しているDAWに関係なくこちらでアトモス・レンダラーを設定して、イマーシブ・ミックスが簡単に行えるようにしています。もしかしたら音楽は“ステレオで作るもの”と思っているのは我々の世代だけかもしれなくて、そのうちステレオを知らない世代も出てくると考えています。アンビエント音楽などはそのまま入っていける分野ですし、作曲家やアーティストがビジョンを持てば、新たなジャンルが生まれてくると思います。それをフォローできるスタジオでありたいので、イマーシブ・プラグインが揃っているだけのレンタル・スタジオではなく、イマーシブの技術的側面がわからない人でも安心して入ってこられる、ノウハウのレクチャーからできるスタジオにしています。先日もイマーシブ・オーディオに対応していないDAW「LIVE」を持ち込んで、アトモス・レンダラーにつなぎ、自由にイマーシブ・ミックスしていただいたものをこちらでマスタリングして納品するというケースがありました。イマーシブ・オーディオの面倒なマスターファイル作成はこちらで行っているので、事務的な管理作業は任せていただき自由にミックスしてもらえたらと思います。





──こちらにセッションを持ち込む方にアドバイスはありますか。

バイノーラルでめちゃくちゃ詰めたミックスを持ってきて、スピーカーで展開するとこんな音になってしまうのか・・・と絶望している人をよくみます(笑)。スピーカーで鳴っていたものをバイノーラルに落とし込む経験を積めば、バイノーラルでの仕込みであたりを付けていくことはできますが、いきなりはかなり難易度が高いと感じていて、皆100%やり直しています。バイノーラルは、スピーカーで鳴っているものの再現なので、バイノーラルでこう作ればスピーカーでこう鳴るという可逆的な手法はあり得ません。なので、ヘッドフォンでの仕込みは4、5割で切り上げて、あまり詰めてこなくてよいですよ、と伝えています。イマーシブ・オーディオは、実際にそのフォーマットに合わせた型がなければスピーカーを使いこなせず、フォーマットに最適な「鳴り」を作ることができません。また、スピーカーを予測しながらでのミックスでは、日々発展しているイマーシブ・オーディオ制作の最前線についていくこともできない。イマーシブ・オーディオは調整が非常にシビアなので仮組みしたスピーカーで仕込む場合でも同じく、そこで詰め込んでも実際にスタジオで展開すると「鳴り」が変わったりします。このあたりは体感しないとわからないことなので作ったデモを実際に持ち込んでいただき、こんな世界もあるんだと知ってほしいですね。きっと、音楽を始めた頃のワクワクした気持ちを思い出すことが出来ると思います。




古賀健一

福岡県出身 2005年青葉台スタジオに入社。 2013年4月、青葉台スタジオとエンジニア契約。 2014年6月フリーランスとなり、上野にダビング可能なスタジオをオープン。 2019年 Xylomania Studio LLCを設立。2020年 Dolby Atmos 9.1.4ch のスタジオに改修。空間オーディオのMixからDolby Atoms でのLive 生配信も成功させる。

シロマニアスタジオ:xylomania-studio.com