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OLLO Audio S4X ユーザー・インタビュー Vol.03

プロデューサー/エンジニア SADAHARU YAGI


サウンド・エンジニア専用ヘッドフォン、「S4X」ユーザーに製品の魅力と普段使っているリファレンス音源について訊く、第三回。ポスト・ロックのバック・グラウンドをベースに世界で活躍し、3度のグラミー・アワードを受賞する日本人プロデューサー/エンジニア、サダハル・ヤギ氏にお話を伺いました。



──S4Xの最初の印象はいかがでしたか?

最近、コンピューターやスマートフォンのスクリーンを見ている時間が多いため、ブルーライト・カットのメガネをかけることが増えました。また僕の周りの友達は年齢から、老眼鏡をかける人がでてきました。近くを見たい時に掛けるメガネ。遠くを見たい時に掛けるメガネ。そして眩しさを遮るメガネがひとつになっていると便利ですが、全部同じじゃなくてもよいですし、多目的にあわせてそれぞれに特化したものがあるのは自然なことです。同じことがヘッドフォンにも言えると思います。S4Xは、トランジェントの再現性が優れているのか、低域が自然に鳴っているからなのか、ミッド・レンジの楽器の空間を見ることができます。音圧が入ったものをスピーカーで聴いてこれ以上ないと思っても「S4X」ではまだ隙間がしっかりモニターできます。重いギターがたくさん重なっていると音が抜けてこない。帯域的にそこを無理に押し出すと他のスピーカーで聞いた時に出過ぎてしまう。サビ前などでタムのロールがカッコよく鳴っている時には、ギターをわずかに下げたりして存在感を出したりするんですが、適切なボリュームが取れていないと、色付けが激しいカー・オーディオなどでは飛び出して聞こえたりすることがあります。こういう局面を処理する際にも「S4X」は、余計なことを考えずに簡単に落とし込むことができます。ミッド・レンジの正確なジャッジに使えるヘッドフォンというのはこれまでになかった選択です。


──元々ヘッドフォンをどのように使っていましたか?

最近のヘッドフォンは大抵の場合、ハイが伸びていて高音域の細かいところを見ることに優れています。例えば、曲の終わりでのギターやシンバルのテールにヒス・ノイズが残っているかなどの確認に使います。そういうことは、スピーカーで聴こえていないわけではないですが、わかりづらいのでヘッドフォンがその判断を助けてくれます。アナログでは切る必要のないレベルのノイズでもクライアントが望むケースもあるので、ジャーンとなった減衰部分をロー・パス・フィルターでフリーケンシーを800Hzくらいまで下げていくと、最後の4秒くらいには誰も気がつかなくなります。その他では、リバーブを多用した場合です。ドラムやベースが単独で鳴っている時はよいですが、8分で刻むギターが入ってきたりすると、リバーブが飲み込まれてわからなくなります。ヘッドフォンだとその状態でもリバーブが鳴っているのがわかるので空間系をコントロールすることに使ったりもします。

「S4X」のようなミッド・フォーカスに対応したヘッドフォンはこれまでなかったので、高域が伸びるヘッドフォンのオルタナティヴ・ツールとして、しっかり作用します。裸眼でもよいけど、近いもの、遠いものをフォーカスするために目にフィルターをかけるような感覚です。また「S4X」は、ヘッドフォンで長時間作業をしなければいけないときには、イヤー・ファティーグ・マネージメント(耳の疲労管理)にも優れていると思いました。


──耳の疲労とはどういうことをいうのでしょうか?

長時間作業しているとなんかミックスの抜けが悪くなったと感じて、次の日に聴いてみると抜けは悪くない。Ear Fatigue(耳の疲労)で一番影響を受けるのは高域のセンシティビティです。ポップ・ミュージックの業界では、ドンシャリな音を爆音で聞き続けることで高域のセンシティビティが死んでしまうということがあります。僕の周りではあまり聞きませんが、若いアーティストがラップトップで作ってきた音楽をプロが聞いて、高域が出過ぎているというのがたまにあったりします。こういうことは製作時間を費やすほどに自分のセンシティビティが落ちていることに気がつかず、どんどん高域を上げてしまうことでおきます。「S4X」はミッド・レンジを基調に耳を刺激する過剰な高域がないので長時間の作業にも適しています。





──ミッド・レンジとはどのような意味を持つ帯域と考えていますか?

楽器を鳴らせているかどうかは、レコーディングにおいてよく行われる会話で、大抵の場合、楽器が鳴る良い音、音色、美味しい帯域というのは、あえて言葉にするとハイでもローでもなくミッドになります。楽器を鳴らすときには、アタックと合わせてミッドをしっかり聴けているかどうかというのはとても大事なことです。また人間の耳はハイ・ミッド、もしくはアッパー・ミッド・レンジと呼ばれる3KHzあたりの感度が一番高くなっていて、そこがもっとも簡単に響くわかりやすい帯域になり、そこより下に行くほどトレーニングしていかないとピンとこない帯域になります。高域というのは、砂糖みたいなもので音楽に絶対に必要な要素ですが、たくさんある調味料のひとつでしかありません。砂糖を入れれば美味しくなるというものではありませんので、味が足りないと思ったら、施さなければいけない処理は他にあります。


──Hi-Fi的なレンジとの関係はどのように考えていますか?

60-70年代のようなアナログ・テープでのレコーディングが主流だった頃は、録音したものがハイ落ちして濁るという状況が起きる中、Hi-Fiな良い音を作ろうと上と下を伸ばすことに答えを模索していました。70年代後半くらいからハイが自然かつ綺麗に伸びて、レコードの音がクリアになり徐々に「暗く昔っぽい」音がしなくなりました。高域が伸びたことで音楽のクオリティが上がったのは間違いないと思います。しかし、あの当時、あの状況で高域に注目したことは正解ですが、21世紀の現在のプロダクションにおいてもそこを盲目的に信仰しすぎることは何のプラスにもなりません。 時々「Hi-Fi」が語れている際に 、昔に克服できなかった帯域を技術の進歩で実現できるようになった喜び故か、現在も高音域が最も大切であるかのような議論を見かけます。高音域に全く罪はないものの、その物語に固執するとその先にある音楽の捉え方が歪んできます。僕にとって「S4X」は、あえて一般的なヘッドフォンとは異なるフォーカスを持った、オルタナティヴとして有用な、かつ価値のあるものなので、玄人向けのように聞こえるかもしれませんが、そのあたりの音楽の歴史や変遷がわかる人には間違いなく重宝されるヘッドフォンだと思います。 


──次にリファレンス音源について教えてください。

まず、オーストラリアのバンド、「INXS / Elegantly Wasted」の「Elegantly Wasted」。アルバム・タイトルかつ、シングル・カット。ボーカリストが亡くなって遺作となった1997年のアルバムですが、パノラマ的な音像をみるリファレンスとして特にわかりやすいものです。美味しく低音が録れているベースが曲を引っ張って、ファンキーでポップです。タンバリンがスネアと鳴っていることで明るい印象もあります。ピキっとしたメリハリ、ツヤ、十分なハイ/ローのレンジ、ボーカルとかの要素が綺麗に真ん中に埋まっていて帯域がもの足りないという感じも全くない。これは、インディ的な荒いガレージ・ロックの対局にあるクリアに作りこまれたプロダクションで、80、90年代とピークを迎えていた頃のエアロスミスやボン・ジョヴィなどのプロデュースを行ったブルース・フェアバーンとエンジニア、トム・ロード・アルジのコンビによるものです。文句のつけようのない音で、やはり一級品という感じです。





次は、ミッド・レンジを主題に置いたものとして、「Lou Reed / Transformer」の「Walk On the Wild Side」。デビッド・ボウイとミック・ロンソンがプロデュースした曲で、これもベースで押していく曲ですが、曲調が違ってアップライト・ベースになっています。ジャズじゃないですけど、ブラシが入ってニューヨーカー的な雰囲気も感じられます。耳の注意がいかない程度にギターがあって、最後のサックスが入ってくるんですが、これも管楽器特有の尖ったピーク感もなく綺麗にミッドに収まって入ってきます。みんなミッドに入っているけど何ひとつ篭ってなく、ローが足りないとも思わない、僕が考えるアナログの芸術的な音です。1972年なので、途中ボーカルやバック・ボーカル等、音量バランスにやや荒いところもありますが、ミッドのまとまり方は非の打ち所がありません。パノラミックなものではないですが、ミッドが聴いてきた通りに聴けるかのリファレンスです。70年代のインディな香りもあってすごく好きな曲です。





「Daniel Lanois / Acadie」の2曲目 「The Maker」。ダニエル・ラノワは、ウィリー・ネルソン、ニール・ヤングなどのカントリー・フォークから、ピーター・ガブリエル、U2のジョシュア・ツリーなどのプロデュースを手がけた人で、感性で作る空間の音像が天才的です。彼は、音響がコントロールされているレコーディングスタジオには意図的に入らず、特有な響きがある古い家屋や図書館などを選び、マイクを天井や階段から吊るしたりして録音を行っています。ファレル・ウィリアムスが彼を崇拝していて、いかにして部屋選びからこだわっているかを対談しているドキュメンタリーもあります。ミックスで擬似空間を作るというより、録る段階から実際にそこに存在する空間を音楽の一部として制作に取り入れる彼の楽曲にはいつも独特な立体的空間があります。この空間性をどれくらい聞き取れるかという観点から、スピーカーやヘッドフォンの奥行きの再現度を試すのに彼の楽曲はよいリファレンスです。





最後は、「Draco Rosa / Monte Sagrado」の2曲目「333」。2019年のラテン・グラミー・アワード、最優秀ロック・アルバムを獲得した作品で、デモから曲ができるところ、レコーディング、ミックスまで、1から10まで自分が携わり、全ての音を覚えている曲です。解釈を挟まない、何も言い訳できない音源として自分の一番の指標となるリファレンスになります。アルバム曲はレコーディング後、ドラコと僕で入念にプリ・ミックスを完成させ、そこからグラミー・アワードを17回獲得しているアメリカの重鎮、ベニー・ファコーネにバトンタッチして、彼がミックスしています。ドラコと僕はベニーのスタジオに出向き、ファイナル・ミックスを吟味する流れを何週間にも渡り繰り替えして完成しました。先にあげたリファレンス3曲は、周波数帯の真ん中に比較的スペースが空いてるものでしたが、これは中域が荒々しくグランジ的なギターで埋まっている曲で、同じミッドを見るにも別の角度で見ることができます。






SADAHARU YAGI

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