LEARN - S4X
レコーディング・エンジニア 滑川高広
サウンド・エンジニア専用ヘッドフォン、「S4X」ユーザーに製品の魅力と普段使っているリファレンス音源について訊く、第四回。ボカロP出身のネット系アーティストから、モダンなバンド・サウンドまでを手がける、レコーディング・エンジニア、滑川高広氏にお話を伺いました。
聴いてすぐにローとミッド・ローの解像度がよいと感じました。音の感じもスタジオで仕事しているときと変わらない印象があったのでS4Xがあればヘッドフォンでのミックスもいけるんじゃないかと使い始めました。最近は、家の作業場でミックスを仕込むことが多いんです。普通の部屋をベースに組んだ作業場では、どうしても施工したスタジオと同じようにスピーカーを鳴らすことはできないですし、十分な広さが取れていないことで低音が逆相になったりもします。モニター環境としての信頼性はかなり低く、特に低音域の調整は困難なものになります。かといって、部屋の音響にお金を掛けていっても特に低音域に関してはどこまで追い込めるのかわかりませんから、ローとミッド・ローの処理は、まさしく家でのミックスで自分が一番困っていた、悩んでいたところでした。
低音の話になるとクラブみたいなズンズンしたサウンドをイメージする人もいるかもしれませんが、クリアでタイトな低音を作ることは、どんなジャンルにおいても現代的なミックスを行う上ではとても大事なことです。ハイ・ミッドに張り付いた低音のない音像の中で立体感を作る場合には、リバーブとディレイを使うしかないので、いわゆるお風呂感が出てしまいますし、意図しない掛けすぎが起きる場合にはデモ音源のようなサウンドになってしまいます。製品感のある音像を作るためには、ミッド/ローに適切な処理を行う必要があります。
持っていたヘッドフォンでアタリをつけながら、スタジオでのミックス・チェックで修正したりしていました。しかし、ヘッドフォンであればミッドやローが見えるというわけでも、スピーカーの代わりになるというものでもないんです。S4Xは、一瞬、暗い印象があったので、シビランスとかは見えにくいのかなと思い、持っていた別のヘッドフォンと併用してミックスをしていました。けれども実際に使って慣れてくると、むしろ足りないどころか、持っていたヘッドフォンの過剰な高域や低域の違和感の方が気になるようになりました。スタジオでのミックスがメインの頃は、”印象聴き”くらいにしかヘッドフォンを使っていませんでしたが、今は完全に真逆で、S4Xでミックスを作ってからモニター・スピーカー、ラジカセで詰めていくという流れで行なっています。
昔ながらに音を作りながらレコーディングしていくバンド・サウンドはもちろん、今は、ネット系アーティスト達の作品でも変わってきています。基本的に彼らは、音楽を作る上でエンジニア達が気にするような音楽のバランス、低音で作るグルーヴ感、倍音の艶などのことよりも、歌のニュアンスやギミック的なエフェクト感の方に意識があります。例えばボカロ曲が好きだった人達は立体感のある音より、張り付いた音に慣れていることが多いですが、実際のミックスでしっかりとした空間を作ってあげると喜ばれることが多いです。音楽にそういう作り方があるということを知らなかったと言います。ボカロ全盛期の頃は、とにかく音数が多く、隙間を埋めていくような楽曲パターンばかりでしたし、実際にハイ・ミッドに音が張り付いたサウンドを異常に求められていたところがありました。最近は、だいぶ音を詰めるのも減ってきて余裕がある印象がありますし、狭いレンジの中で音楽を作ってきても同時に海外の売れている曲は好きなので、自分たちの曲にそういう雰囲気が加味されていくこと自体にはあまり違和感は持たないんです。
ボカロP出身でありながら、生身の声で勝負するようになって成功したアーティスト達の影響は大きいと思います。とはいえ、低音そのものや、奥行き、輪郭、立体感などの実際の組み立てや変化となると完全にこちら任せになります。アーティストや作曲家がやりたいことをいい形に仕上げるのが基本ですから、曲の雰囲気や本人のイメージをなんとなく汲み取って、どこにどういう音があるのか把握してから、音色のポテンシャルを広げて音楽ジャンルの共通性を見極め、そこからの整合性を考えて成立するように膨らませてあげるような感じです。僕自身は、パッと聞いて、体が揺れたら良い音かなと基準をおいているところもあるので、最終的に曲の面白い要素や、グッと来れるところを引き出して、リスナーにフックしやすくなるように心がけています。
「Jason Mraz / Butterfly」
これは、エンジニアのトニー・マセラッティがミックスしているもので、全体の質感と空間の表現がすごく良いんです。作業前に一度必ず聴く様にしており、上下のレンジ感と奥行き、空間系のエフェクトに頼りすぎない音像の立体感などを参考にしてます。
「NOFX / Seeing Double at The Triple Rock」
音楽に関心を持つようになった入り口が「ハイ・スタンダード」だったので、そのあたりの音楽はたくさん聴いていました。これは、ガチガチのNOFXの音で、イントロのバンドインの瞬間が最高でとてもテンションが上がります。ギターのミドルの質感やドラムのパンチ感などを聴いていますが、モニター環境がちゃんとしていない環境ですと、キックのローエンドが聴こえず、ビーターのアタック感の主張が強くなるので、ローエンドの解像度のチェックにも使用しています。
「Maroon 5 / Animals 」
これは低音の感じを聞くことが多い曲です。また、僕の中での限界のドンシャリ感を確認できるリファレンスでもあります。本当にギリギリのところにあるものと思っていて、これ以上は、どうなっても痛い音になるので、ラウドで派手なサウンドが求められる際には、ひとつのガイドにしている曲です。
「Jeremy Zucker & Chelsea Cutler / this is how you fall in love」
これは比較的最近のものなんですが、柔らかい音でデフォルメが少なく、アコースティック系の楽曲を担当する際に良いに基準になります。スタジオ帰りの車でも良く聴きいている曲です。
滑川高広
2011年にマルニスタジオ入社し、バンドや映画の劇伴、CMなど様々な現場を経験、2018年よりフリーランスになり現在に至る。レコーディング・アーティスト:Rain Drops / じん / インナージャーニー / 三月のパンタシア / Reol / Masaki Kawasaki / Siberian Newspaper / この子 / Sou / はるまきごはん / The Muddies / YuNi / 映画「裏ゾッキ」etc.