LEARN - S4X



OLLO Audio S4X ユーザー・インタビュー Vol.05

作編曲科/プロデューサー 松浦晃久


サウンド・エンジニア専用ヘッドフォン「S4X」ユーザーに製品の魅力と普段使っているリファレンス音源について訊く、第五回。徳永英明、平井堅、JUJU、秦基博、工藤静香、絢香、YUI、miwa、Little Glee Monster 等、数々のトップ・アーティスト達の作品を手掛ける作編曲家、サウンド・プロデューサー、松浦晃久氏にお話を伺いました。



──S4Xの最初の印象はいかがでしたか?

「S4X」で一番良かった点は「低音」の解像度。低音の出るヘッドフォンの多くが「ダブついた」音になりがちですが、この「S4X」はレスポンスが速い印象を受けました。そのせいか低音部の解像度がとても高い。高域については、「ズルくないなぁ」という感想で、「凄いでしょ?」「ハイファイでしょ?」みたいな上がり方が無いところが良いなと思いました。何かに突出している帯域がないので、そういう意味でリファレンスとして判断しやすい。音を判断する上でのヘッドフォンは、なるべくフラットなものが良いし、S4Xは、解像度も高く音像がグチャっと潰れて聴こえることもないので良いと思いました。総じて音が素直で何を聴いていても違和感が無かったですね。


──ヘッドフォンはこれまでどのように使われていましたか?

ヘッドフォンとの付き合いは長くて、オープン・エアのヘッドフォンはもう30年以上も使っています。レコーディングの仕事を始めた80、90年代は、シンセが盛んに使われ始めた頃で、ステレオ感などの音像をシンセの音色とアウトボードのエフェクトで作る音楽が主流になっていった時代でした。例えば、今録っているシンセ・パッドは、どこの位置に置きたいのか。後ろなのか、前なのか、雰囲気で言うともう5cm前に出したい、などとトラックを重ねていく過程では、音像がどこにあるのかが、正確に、ハッキリとわからないと音像を作り込むことができないんです。また、レコーディングで演奏する際、僕の場合、CUEボックス(ヘッドホンモニター)の返しで必要なのは2ミックスとクリックのみで、単独が必要になることは、先ずありません。これは全体の音楽の中で演奏することで、自分の音がその音楽の中で「引っ込みたいのか」、「出たいのか」、「混ざりたいのか」、つまりはどの位置に居るべきなのかを判断する必要があるからです。その点、ヘッドフォンは、スタジオによってコンディションが違いすぎるスピーカーよりもこういうことが的確にわかることが多いので、昔から自分のヘッドフォンとヘッドフォン・アンプは常にスタジオに持って行くようにしていました。


──解放型と密閉型のヘッドフォンの使い分けはどのように考えていますか?

オープン(解放型)のヘッドフォンは、通常クローズド(密閉型)よりもダイナミック・レンジが広く、解像度があり、空間もよくわかります。一方で、スタジオで使う密閉型ヘッドフォンというのはリファレンス・ヘッドフォンというより、演奏者のモニター・ヘッドフォンとして使われることが多いものです。マイクへの回り込みを避けるために「なるべく音漏れしないこと」、それから相手や自分の音がハッキリわかって「音が近くに聞こえること」が重要になるので、中域の解像度とレスポンスの速さが優先され、実際のところダイナミック・レンジはそれほど必要になりません。そういった意味でスタジオに定番的に置いてあるヘッドフォンがレコーディング・モニターに都合が良いとされる意味は頷けるけれど、それでミックスやマスタリングができるかといわれると、よほど馴れとか、想像上の修正を頼りにしなければなりません。ミックスやマスタリングには、奥行き感、位相、リバーブ感、ダイナミック・レンジなどの「忠実な再生」が必要になるので、生楽器の演奏以外のスタジオ・ワークでは、これらがより分かり易いオープン・エアのヘッドフォンを選ぶことが多くなります。





──使用するヘッドフォンはどのように選んでいましたか?

ヘッドフォンを選ぶときに、シェル(ヘッドフォンのボディ)が、どのように影響を及ぼしているかということは結構気にしていますね。シェルはスピーカーでいうところのキャピネットみたいなもので、シェルの中で音が回ったり、シェル自体が振動したり、と色々と干渉するので、この辺の素材選びやミュートの処理加減などはヘッドフォンの音質にとても影響します。特に安価な民生機ではシェルがいやらしく鳴るものが多いし、スタジオ・モニターとされているものでもシェルをはじいてカンカン音が鳴るものや、ディップ、帯域間の遅れ、シェルが作る小さな残響などから音に影響を及ぼしているものも少なくないように思います。その点、「S4X」はその特徴(クセ)が良い意味で「ない」ところが良い。「S4X」がナチュラルで聴やすいところは、このボディを弾いてみてもよくわかります。(笑)ボディが木材で出来ていることも見た目のためだけじゃなく、素直な出音のひとつの要因になっているように思います。


──モニター・スピーカーとの関係はいかがですか?

モニター・スピーカーとヘッドフォンの間で音色の違和感がない事は作業する上で非常に助かります。自宅モニターには「Musik Electronic Geithain RL906」を長いこと使っています。このスピーカーは同軸のおかげか、ユニット間の位相や繋がりが良いとても解像度の高いスピーカーです。ただ、置き方にセンシティヴなところがあって、ミッド/ローをちゃんと鳴らすのが大変難しく、導入してしばらくは色々と試行錯誤を繰り返しました。電源や入力ケーブルを見直すところから始まり、最終的にスピーカーを横から釣るタイプのメーカー純正スタンドで吊って、さらにレーザーを使ったセッティング調整を追い込むことで、ようやく音が正しく鳴るようになりました。

「S4X」は、このスピーカーの前で切り替えても印象が違う感じが全くない。音創りは、主にスピーカーで行いますが、「RL906」は特性上、重層低音が出るものではないので、「S4X」でミッド/ローをフォローしてゆき、両方で良い感じに聴けるところに音を持って行ければ大丈夫と判断できます。そういった意味でも「S4X」と「RL906」との関係性は非常によいですね。

実は、20年近くリファレンスに使っていたオープン・ヘッドフォンが、既に廃盤になってしまって、他に行けなくて困っていました。備えておいたデッドストックが切れたらどうする?と思いながら、これまでたくさんのヘッドフォンを試してきましたが、ようやく更新することが出来そうです。この「S4X」は本当によくできていて面白いし、これまでリファレンスに使ってきたヘッドフォンと比べるとデジタル・ストリーミング世代の音がしています。プロが信用できるリファレンス・モニターとして値段も決して高くないところも良いと思っています。






──次にリファレンス音源について教えてください。

リファレンスの曲は決めています。「James Taylor / Hourglass」の「Line ‘Em Up」。これはベースの全部の音程、帯域がバランス良く出ているかどうか。モニターにデット・ポイントがあるとベースがちゃんと聴こえてきません。またリム・ショットが痛い場合もアウトですし、聴こえなくてもアウトです。モニターのハイ・ミッドが正しくあるとスコッと鳴ってくれます。





「Herbie Hancock / The Imagine Project」の「Imagine」出だし、ピアノの途中、9秒あたりの高い音に行くところがツィーターの状態が悪いと歪んで聞こえることがあります。高い音をパーンと突いたとき、ツィーターが割れて聴こえないこと。ピアノの倍音や僅かな楽器のノイズが再現されていればOKです。もうひとつは、クインシー・ジョーンズのセルフ・リメイク盤「Quincy Jones / Q's Jook Joint」の2曲目、「Let The Good Times Roll」。ブラス・セクションの音が潰れて聞こえてなければOK。ここは高い倍音がひしめいていてモニターによっては潰れて聴こえることが多いんです。ここが潰れず解像度を保ち、個々のパートが分離して、なおかつセクションとしてバランス良く聴こえていればOKです。





クラシックの音源だと、グルジア(現ジョージア)出身のピアニスト、「Khatia Buniatishvili」(カティア・ブニアティシヴィリ)が弾くドビッシー。(「Motherland」4曲目「Debussy: Clair De Lune」)これは全体のSN感と、ものすごく繊細なタッチとのハーモニーのバランスがしっかり出ているか。モニターが悪いとハーモニーのバランスが崩れてしまいます。また解像度が足りないと余韻が切れて音が繋がっていかなくなります。





「Eric Clapton」の「Change the world」は、全体を聴きます。LPパージョンではなく、シングル・バージョンが良いですね。マスタリングがすごく良くて、どの状態でもちゃんと聴こえる。街の電気屋さんで聴いても良い音で鳴るんです。(笑)






松浦晃久

Official Website | Facebook

松浦堂 Music Lounge

Facebook