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JR Preamp Series ユーザーインタビュー

劇判レコーディングの最前線

レコーディング・エンジニア 沖津徹



コンポーザー/プロデューサー岩崎琢氏、塩谷哲氏、そして映画、ドラマ、アニメ、世界的なゲームのサウンドトラック手がけるシャングリラのレコーディング・エンジニア、沖津徹氏は、Pueblo Audio JRプリアンプのユーザーです。劇伴レコーディングの最前線とJRプリアンプの魅力についてお話を伺いました。


──サウンドトラックのレコーディングはどのように携わるようになりましたか?

一番の最初の音響キャリアはPAで、そこからもっと音楽の制作をやりたいと入ったスタジオが、久石譲さんのスタジオ、ワンダーステーション六本木でした。20代前半から劇判音楽を得意とする作家のスタジオに入ったので、映画のフィルムの尺を出して、その尺に合わせて音楽を作ることが日常的なことになりました。久石さんは海外レコーディングも多かったので、同行してアビイ・ロード・スタジオなどの歴史あるスタジオで実際にNeumann M50マイクロフォンでのデッカ・ツリーのセッティングや、作家の求めるイメージに合わせてマイクのポジション、高さ、マイクの距離を5センチ、10センチでコントロールして音を整える様子などを間近で見ることができました。20代の後半にそういう現場を見させて頂いたことで自分もこういう仕事をやりたい、いつかはこういう現場をこなせるようになりたいと思うようになりました。それはすごく自然な感覚でしたし、すごく楽しいことに思えました。セリフを食ってしまわず、映像に目が行くような繋がりを持った劇伴音楽を作ることは、音楽単体を制作する仕事とはカテゴリとして全く異なるものです。しかし、スタジオキャリアを始めた時からそういう環境にいたことで、大きな編成からピアノ・ソロ、ストリングス、管楽器、打楽器など、多様な劇判音楽の録音をするということが僕にとって特別なことでは無くなっていきました。





──劇伴音楽への興味の源泉とはどのようなものでしたか?

もっとも驚きがあったのは、子供の頃に観たスター・ウォーズです。イントロのテーマが流れて、大きな宇宙船がスクリーンの上からやってくる・・・。ジョン・ウィリアムスの音楽によって全てが別物に聴こえました。今ほど情報がない時代でしたが、作品のクレジット等を辿ることで、ショーン・マーフィーというレコーディング・エンジニアやアビイ・ロード・スタジオ、そしてデッカ方式の録音など、様々な キーワードを知ることができました。彼らが録音している音楽はどれもとても良い音がしていたので、どのような手法が使われているのか、どのような機材が使われているのかに興味を持ちましたし、それらを探求していくことが自分の仕事の中に生かされていったように思います。PAの仕事、アーティストの仕事、クラブ系のダンスミュージックの仕事など、いろんな現場に携わってきましたが、いつしか劇伴音楽を担当する事こそが自分の活路だと思えるようになっていきました。


──最近はどのようなお仕事をされていますか?

最近担当させていただいているのは、岩崎琢さん、塩谷悟さん、伊藤賢治さん、梅林茂さん・・・、これまで関わって来た作家さん達は皆、求められているイメージを音符で表現することができる素晴らしい感性と技術を持っています。その他では所属しているシャングリラのレコーディングの仕事も行っています。これは平成22年に設立した劇伴やオーケストラ音楽を得意にした企画制作から納品までを行っている会社で、映画、ドラマ、アニメやゲームの人気タイトルの制作もたくさん行っています。





──ホールで行っている劇伴レコーディングについて教えてください。

昔からの劇伴現場では、大型の録音スタジオにオーケストラを入れて、映像を映写しながら指揮者がクリック無しで棒を振り、これを一発同録するというケースが結構有りました。それは僕の先輩達の代でも行われていました。今は大型の録音スタジオも減ってしまい、日本には12型クラスのフルオーケストラを余裕もって録れるサイズのスタジオは放送局くらいにしかなくなってしまいました。Pro Toolsのシステムが定着してきたことによって、録音車などを用意しなくても外録しやすい環境が整って来てたことから、響きの良いホールでの収録を積極的に劇伴録音に取り入れたら面白いんじゃないかとシャングリラで着想したことが最初です。録音スタジオじゃないところで劇伴のレコーディングを行うこと自体をナンセンスと言うこともできますが、現存のスタジオに大編成を押し込んで録ったとしても音がデッドすぎると不自由を感じる人も多かったんです。自分たちで東京に新たなスコアリングステージを一から作ることはなかなか難しいですから、既存のホールを大編成が録れるスタジオのように使ってみようという発想でした。
予算があれば海外のスコアリングステージで録音することもできますし、今は海外のミュージシャンとスタジオで遠隔録音できるリモートレコーディングも発達しています。そういうサービスを利用することもひとつのアイディアとしてありますが、録音することを海外に頼ってファイルだけが送られてくるという状況では、日本における制作のスキルはなかなか上がって行きません。日本の音楽家と技術者の能力も成長し続けて行かないと次の世代に繋がらない。クライアントが望むものは多種多様でその中には日本で録りたいというニーズがある事も事実ですから、問題をクリアできるならば日本でできるチャレンジは行った方が良いと思っています。これまで国内ではできなかったアイディアをクライアントに提案できるようになったということです。作家の方々は、求められるイメージを音符で表現し、我々はその頭の中で鳴っている音を実際に録音して表現するお手伝いをしている訳ですから、録りから落としまでの技術の精度とクオリティーを上げる努力は必死で行っていかなければなりません。





──どのような経緯でPueblo Audio JRプリアンプを導入しましたか?

90年代の初頭、日本では、スタジオにあるコンソールの備え付けのマイクプリアンプで何から何まで録るということがほとんどでした。ロンドンに行った時に、現地のエンジニア達がアウトボードを持ってきて、ヴォーカルはこれ、ギターにはこれと、マイクプリやEQ、コンプレッサーをソースに合わせて選んで音を作っているのを見たんです。それまでコンソール内でやることが当たり前となっていたものが、エンジニアがアレンジしてもよいという認識を得て自分でもアウトボードを買い足すようになりました。

ホール録音には、かつてSTUDER 962コンソールを使っていた時代が有りますが、今ではもっと様々な選択肢があります。様々なアウトボードを試して、扱いやすいマイクプリアンプとしてMillenniaやGrace Designを導入しました。Neve 1073を揃えてオーケストラを録ってみた事もあるんですが、モジュールごとの個体差が使い辛かったので、より個体差の少ないNeve系プリアンプとしてRupert Neve Designsのマイクプリも揃えています。そこにメインマイク系に使っていたMillennia HV-8に代わるアプローチの選択肢として新たにPueblo AudioのJRプリアンプを導入したんです。





──Pueblo Audio JR Preampの印象はいかがですか?

JR Preampは、立ち上がりが速く、全く歪まずクリアに入るので、やはりメインのデッカ・ツリーと周りのアンビエントを含めたマイクにとても使いやすいマイクプリアンプです。スポットマイクにはアタックが遅めのマイクプリ使って対比をつくりながらJR Preampで空気を含んだ空間を録っていくようなイメージで使っています。JR Preampはオーケストラのピアニッシモから飽和するようなフォルテッシモまでの広大なダイナミックレンジを扱うのがとても上手なので、それこそショーン・マーフィーなどのハリウッドのエンジニア達の現場で使われていることも実際に使ってみるとよくわかります。いままでのクリーンなマイクプリと比較しても抜群にSN比がよく、オフで立てているマイクであっても今までより一皮剝けた現場で聞いているかの様な音で録ることができます。込み入った大きい編成の方がよりその効力を発揮するように思います。こんなマイクプリはいままで聞いたことがないですし、ホール等での三点釣りを多用する場合などには最良の結果が得られるマイクプリだと思います。

スタジオでは、JR Preampのアウトをコンソールに入れて使うことでコンソールのHAの性能を上げたかのようなイメージで使うことができます。最近はコンソールのないホールレコーディングではマイクプリの出力をインターフェイスにダイレクトに入れているので、これと同じ音になるようにスタジオでもインターフェイスにダイレクトに録音するようにしていました。けれども、このJ JR Preampは非常に品質が高いのでコンソールに入れてもほとんどその影響を受けずに使うことができます。





──メインアレイ以外では、どのような使い方をしていますか?

オフマイクやファーマイク、もしくはワン・ポイントで録るブラスや木管系から、ウッド・ペース、ピアノ、ギターなどのアコースティック楽器にもよいですね。高品位な特性を利用して混雑したオケの中で立たせてあげる用途にアレンジしても面白そうです。
またJR Preampの特性を利用した別の使い方も試していて、これまで今一つ扱いが難しいと感じていた古いマイクや、もう少しだけ普通の音がしてくれたらというリボンマイクなどと組み合わせて使うことで、とても現代的なサウンドが得られるところに新たな魅力も感じています。RCA77などのパッシブタイプのリボンマイクや、Coles、Royerなどの様々なリボンマイクとの組みあわせも試しているところです。

とてもレンジが広くトランジェントも速いマイクプリなので、どんなマイク、どんなアプリケーションにも汎用的に使えるというものではありませんが、ノイズがなくマイク可能性を引き出してくれるという意味でやはり劇伴に非常に魅力を持ったマイクプリです。いつかはヴィンテージNeumann M50とJR Preampの組み合わせでオーケストラを録ってみたいですね。


沖津徹: http://www.shangrila-inc.jp/okitsu.html